いいかい?よく聞いてくれ。
僕には書きたいことがある。
とっても書きたいことがあるんだ。
これをぜひ君によんでほしい。
僕の大好きな君にぜひ読んで欲しいんだ。
ただ読むだけで良いんだ。
ただ、読んで、読み終わって、
それから好きなだけ紅茶を飲むとか、犬と散歩に行くとかしてくれればいい。
そう、犬の散歩の話なんだ。

11月のある晴れた朝を思い出して欲しい。

こういう書き出しだとまるでカポーティーみたいだが、カポーティーならカポーティーでいいさ。
僕はカポーティーが好きだし、小説はすでにそこにあるものだろ?
なにも僕が何か書かなくっても、この世界には既に小説があるんだ。
それを読めばいい。保坂和志って小説家もそう言っている。

でも僕にはとても書きたいことがあるんだよ。
これは君に読んで欲しいし、何より僕が書いたものは僕そのものなんだ。

とにかく、11月のある晴れた朝を思い浮かべてほしい。
そのとき僕が飼っていた犬はハーベストっていうんだ。

そういえば君はウナギという犬を飼っていたね。
ウナギ!って呼ぶとまっすぐ駆けてきたよね。
一週間くらいウナギに会わなかったらとっても大きくなっていてびっくりしたことを今でも覚えているよ。

ハーベストはもともと大きい犬なんだ。
ポインターだからね。猟犬なんだ。
でもそこで誰かがハーベスト!って呼んでも駆けてはこないのさ。残念だけど。
いやね、別に頭が悪いわけじゃないんだ。
ただ、家族がハーベストを呼ぶとき、てんでバラバラなんだよ、呼び方が。
つまりね、僕なんか「ハービー」って呼んでたし、叔父さんは「おい」だし、従兄弟なんか指笛で呼ぶんだぜ?
なんでいきなり従兄弟が出てくるかっていうと、そう、そのとき僕は従兄弟のうちに居候だったんだよね。叔父さんってのは従兄弟のお父さんなんだけど、あまりしゃべったことなかったな。ちょっと怖かったんだよね、子どもながらに。だってそのとき僕ときたら、まだどうしようもないくらいちっこかったからね。

どうしようもないくらいちっこかったなんて書くとまるでサリンジャーみたいだというかもしれないけど、しょうがない、別に大げさに書いてるわけじゃないんだ。ただね、去年村上春樹って小説家がサリンジャーの翻訳本を出したんだ。きっとそういう影響ってあるんだよ、よくわからないけど。

とにかく。
とにかくハーベストと僕はどうしようもなく寒い中凍えながら公園まで行ったのさ。
朝だからね。コートは着てなかったけど、手袋とマフラーはしてたな。
ハービーの奴は別に寒そうじゃなかった。
走ってたしね。僕も走ってたけど、それはもう、油断すると足が攣りそうなくらい寒いんだからどうしようもないさ。

でもハービーとの散歩は最高だね。たとえレイモンドカーバーのサインと引き合いに出されたって、僕はハービーとの散歩を取るね。とにかく最高なんだ。
そりゃカーバーの本にカーバーのサインがあって、それを手に持ってるなんてどんなに素敵なことだろうって思うよ。僕は彼の本が好きだしね。
とにかく、ハービーと散歩するのは、そんじょそこらのなんやかやがいっぺんにふってきても足りないくらい素敵なんだ。

その日もね、最高に素敵なことがあったのさ。
まあ落ち着いて聞いてくれよ。

まず、教室二つ分くらいの小さな公園なんだ、そこは。
セントラルパークの5億分の1くらいかな。
もちろん、セントラルパークの正確な大きさなんて知らないし、ここだけの話、セントラルパークなんて行ったこともないんだ、実は。更にいうとアメリカにも行ったことがないんだ。
これは結構なコンプレックスなんだよね、アメリカに行ったことがないってことが。
だって僕はアメリカって大好きだからね。

ところでフランツカフカって実際にアメリカに行ったことがあるのだろうか。もし君が知っていたらぜひ教えてほしいな。

とにかくさ、僕とハーベストはその小さな公園に毎日行っていたんだ。

公園にはニレの木がある。
誰かがニレの木だって教えてくれたんだよ、昔。だからたぶんニレの木なんだ。
たとえそれが本当は間違いだったとしても、僕にとってはこれから先もあれはニレの木ってことなんだよ。

ニレの木の下にベンチがあって、そこにその日、おじいさんが座っていた。
だいたいじいさんってのはとんでもなく早起きなんだから、朝から寒い公園に座ってたって不思議じゃないんだ。
でもね、ハーベストは立ち止まってじっと見ていたのさ、じいさんを。
だから僕も同じように突っ立ってじいさんを見ていた。

じいさんは蒸かしたジャガイモを食ってた。
そのときハーベストが考えていることはよおく分かるんだ。こいつはなんたって犬だからね。
僕がうまそうなジャガイモ!って思う以上に、うまそうなジャガイモ!って思っていることは確かなんだ。犬だからね。
ああ、犬は僕らより目が悪いし、あれがジャガイモだって分からなかったかもしれないし、まあ正確にはうまそうな食べ物!って思ったんだろうけど、でもね、目は悪いかもしれないけど頭はそんなに悪くないんだ。それは前にも言ったよね。

だから僕の手からリードを振り切って一目散にじいさんのところに突進するなんてことはしないわけさ。ちゃんとしつけられているんだ。
じいさんは僕らに対して手招きしようとしたと思うんだが、たぶんそれはあまり良い考えじゃないと思ってやめたんだと思う。なぜって、ハーベストときたら当時の僕とほとんどかわらない背丈なんだ。
犬の場合も背丈っていうのかどうかは知らないけど、とにかくハービーと僕は頭の位置がほぼ一緒ってことさ。
つまりね、そんなちっちゃな奴がそんなでっかい犬を連れてるなんてどう見ても不自然なんだよね。
じいさんにはハービーがどこまで頭のいい奴かなんて、ちょっと見ただけじゃわかんないさ、もちろん。

だけど、僕らを手招きする代わりに爺さんは公園の中央の落ち葉の塊を指さした。
顔は笑ってなかったけど、どちらかというと好意的なしぐさに見えたね、僕には。
ほら、顔中髭だらけのじいさんってあんまり表情変えないんだ。笑うときは豪快だけどさ。

とにかく落ち葉の塊ってのは焚き火の跡だった。
もっというと、その落ち葉ってのは爺さんが掃き集めた落ち葉なのさ。
なんで知ってるかっていうと、もちろん僕もハーベストも毎朝のように来てるからね。
ここには。

暑い日も今日みたいに凍える日も、おじいさんがほうきで掃いたりゴミ拾ったりしてるわけさ。
だから、この公園はあのじいさんのものなんだ。誰がなんと言おうとね。

ハーベストは焚き火の跡から真っ先にジャガイモを掘りだした。
そんで僕もあとから全部掘り出した。ジャガイモのほかにサツマイモもあったな。
ジャガイモはホイルの中にくるんであってバターがひとかえけら入っているからバター焼きになっているんだ、ちゃんと。
僕はそれをひとつもらった。

さっき爺さんがジャガイモの「蒸かしたの」食べてたって書いたけど、正確にはバター焼きなんだね。
いや、正確にはバター焼きと言わないかもしれない。君がもし正確な料理名を知っていたらぜひ教えてほしいな。
で、ハービーはホイルを器用に破ってわき目もふらずに食ってたんだ。これを従兄弟の家族が見たら僕はすごおく怒られるんだろうけどね。
なぜって、ハービーは僕の犬だって前に書いたけど本当の本当は従兄弟の家族の犬なんだよ。だから勝手にモノを食べさせたら叱られるわけさ。でもね、ハービーと僕は一番仲がいいんだ。誰がなんといおうとね。

で、そのときおかしなことが起こっ…

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